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【12月8日(日)開催】川上哲治生誕100年記念・王氏×末次氏×小川氏トークショー

川上哲治生誕100年記念事業「V9戦士記念トークショー」について

12月8日に人吉市カルチャーパレスで開催する「V9戦士記念トークショー」のお知らせです。
トークショーは事前整理券がないと入場できません。事前整理券は定員に達したため、配付を終了しています。
なお、当日の入場券配布もありませんので、ご留意ください。

■期日 12月8日(日)
■時間 午後2時~4時(午後1時開場)
■場所 人吉市カルチャーパレス(人吉市下城本町)
■入場料 無料(事前整理券が必要です)
■出演者 王 貞治 氏、末次 利光 氏、小川 光明 氏
■注意事項
・駐車場は混雑が予想されるため、乗り合わせでお越しください。
・事前整理券(受付番号入り)がないと入場できません。
・お楽しみ抽選会は、整理券番号が抽選番号となります。
・入場は先着順とし、大ホールが満席になり次第、小ホールでの観覧となります。
・小ホールではライブ中継を行います。
・トークショー開会後のホール内写真撮影は報道機関を除き、禁止とします。
■問い合わせ
川上哲治生誕100年記念事業実行委員会事務局(市企画内)
電話番号 0966-22-2111(内線2226)

219年12月8日記念トークショー|川上哲治生誕100年記念サイト

記念イベントの目玉!
王氏×末次氏×小川氏トークショー
【満員御礼!お申し込みは締め切りました。】

王貞治氏、末次利光氏、小川光明氏による、往年映像を交えた記念トークショーを開催します。
トークショー終了後は川上氏のトレードマークである「赤バット」(レプリカ木製バット)などが当たるお楽しみ抽選会を実施します。
入場は無料ですが、整理券(兼お楽しみ抽選券)が必要となります。
整理券は、以下8か所(全て人吉市内)で配布するほか、ホームページからも申し込みが可能です。
整理券には限りがありますので、お早目に受け取りや申し込みをお願いします。

< 満員御礼につき、応募を締め切らせて頂きました。ありがとうございました。>

入場整理券(兼お楽しみ抽選券)配布及びインターネット申込開始日時:令和元年10月16日(水)午後1時~

配布場所
(1)人吉市カルチャーパレス コミュニティ棟1階 窓口(熊本県人吉市下城本町1578-1)
(2)東西コミュニティセンター(熊本県人吉市城本町1088)
(3)東間コミュニティセンター(熊本県人吉市蟹作町1531-1)
(4)大畑コミュニティセンター(熊本県人吉市大畑町4071-2)
(5)西瀬コミュニティセンター(熊本県人吉市下戸越町1063-1)
(6)中原コミュニティセンター(熊本県人吉市下原田町字荒毛2136)
(7)人吉スポーツパレス1階人吉市体育協会窓口(熊本県人吉市下城本町1566-1)
(8)人吉市観光案内所(人吉駅構内)(熊本県人吉市中青井町326-1)

ホームページからの整理券申し込みは「こちら(以下)」からお願いします。

注意事項:
・各配布場所での受取の際は、所定の名簿等に必要事項をご記載いただきます。
・まとめて整理券が必要な方は、別途実行委員会までご連絡ください。
・営利目的での転売などは禁止します。

日時

令和元年12月8日(日)14:00~16:00(開場 13:00)

場所

カルチャーパレス大ホール 〒868-0015 熊本県人吉市下城本町1578-1 Tel:0966-24-3311

URL

https://www.city.hitoyoshi.lg.jp/q/aview/15/244.html

参加人数

1,300人(予定)

参加費

無料

お問い合わせ

人吉市役所 企画政策部 企画課 0966-22-2111 (9時〜17時)

  • カルチャーパレス地図
人吉カルチャーパレス 〒868-0015 熊本県人吉市下城本町1578-1 Tel:0966-24-3311

王貞治氏

川上哲治生誕100年記念|イベント|1208トークショー王貞治氏

王 貞治(おう さだはる、1940年5月20日 – )東京府東京市本所区(現・墨田区)生まれ、元プロ野球選手・監督。福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長。日本プロ野球名球会顧問。史上3人目の三冠王達成者。世界記録となるレギュラーシーズン通算本塁打868本を記録し、巨人のV9に貢献した。国民栄誉賞受賞者第一号であり、2010年には文化功労者として顕彰された。
「一本足打法(世界のフラミンゴ)」と呼ばれる独特の打法で通算本塁打数、当時のシーズン本塁打数の日本記録を打ち立てるなど、ON砲として並び称された長嶋茂雄とともに、読売ジャイアンツの「V9」時代の顔として国民的人気を誇った。王の記録したシーズン公式戦通算本塁打868本は日本プロ野球記録であり、ハンク・アーロンが保持していた当時のメジャーリーグ通算本塁打記録の755本塁打を抜いた事で知られるほか、数々の日本プロ野球記録を保持する。
現役引退後は巨人、ダイエー・ソフトバンクで監督を歴任した。2008年シーズン終了と同時にソフトバンクの監督を退任し、同球団取締役最高顧問に就任。2009年1月1日より取締役会長。第1回ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の優勝監督であり、第2回大会では監督相談役、第3回大会では特別顧問を務めた。現在はソフトバンク球団取締役会長、日本プロ野球組織(NPB)コミッショナー特別顧問、読売巨人軍OB会顧問(2014年まで会長)、日本プロ野球名球会顧問、世界少年野球大会を主催する世界少年野球推進財団理事長、外務省より委嘱の野球特別大使、「ふるさと清掃運動会」実行委員長、九州国立博物館評議員などを務める。中華民国二等景星勲章授与。東京都名誉都民、墨田区名誉区民、目黒区名誉区民、福岡市名誉市民、宮崎市名誉市民。(略)川上哲治を最高の監督と評しており、「プロ野球人の心構えを教えていただいた。9連覇は川上監督でなければなし得なかったと言い切れます。勝利への執念の結晶。笑顔の川上さんの写真を見て、いかに偉大だったか知りました」と述べた。川上から勝利への執念を学び、自らの監督時代に、「一番勝ちたいのは俺なんだ」という川上哲治の言葉をよく使った。

「王貞治」フリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia), 2019年7月25日更新

末次利光氏

川上哲治生誕100年記念|イベント|1208トークショー末次氏

末次 利光(すえつぐ としみつ、1942年3月2日 – )は、熊本県人吉市出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ。
鎮西高等学校では1959年、2年生の時に投手から野手に転向。右翼手、六番打者として同年の夏の甲子園に出場。卒業後は中央大学に進学、2年生からレギュラーとなる。東都大学野球リーグでは1963年秋季リーグ、1964年秋季リーグの2回優勝。2回目の優勝時のエースは2年下の高橋善正であった。1964年10月には、東京五輪デモンストレーションゲームとして開催された日米大学野球選抜試合に左翼手、三番打者として出場している。首位打者を2回、ベストナインを4回獲得。リーグ通算76試合出場、287打数87安打、打率.303、10本塁打、39打点。大学同期に武上四郎がいる。
1965年に読売ジャイアンツ(以下、巨人、巨人軍)に入団。1969年には右翼手として定位置を獲得し、1970年には規定打席(25位、打率.249)に達する。1971年には故障もあって出場機会が減少。しかし同年の阪急ブレーブスとの日本シリーズでは、第4戦で足立光宏から満塁本塁打を放つなど19打数7安打7打点と活躍、日本シリーズMVPを獲得した。1972年は打率.283(9位)、自己最高の21本塁打を記録。川上哲治が監督として率いるV9時代に、長嶋茂雄、王貞治と共に五番打者としてクリーンナップを形成した。1974年にはリーグ4位の打率.316を残し、ベストナインにも選ばれている。しかし1977年、オープン戦前の練習で打球を左目に受け、その後遺症で同年のシーズン終了後に現役を引退。
巨人のヘッドコーチだった牧野茂は当時の末次について『川上監督と同じ「肥後もっこす」だ。ニヤリとしか笑わないが、あれでも末次にしては努力している』と評している。現役引退後は、二軍打撃コーチ(1978年 – 1980年, 1987年 – 1991年)、一軍守備・走塁コーチ(1981年 – 1986年)、二軍監督(1992年 – 1994年)を歴任。中畑清、篠塚和典、松本匡史ら主力選手を3割打者へと育て上げた。巨人に在籍していた「アジアの大砲」こと呂明賜は、「末次さんの教え方は最高にうまい」と語っている。ジャイアンツアカデミー初代校長。2009年より「ジャイアンツメソッド九州ベースボールスクール」の名誉校長に就任。

参考:「末次利光」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』,2019年7月25日更新

小川光明氏

川上哲治生誕100年記念|イベント|1208トークショー小川氏小川 光明(おがわ みつあき、1940年3月26日 – )は、日本のアナウンサー。日本テレビ放送網(日テレ、NTV)に在職ののち、フリー。
中華民国上海市生まれ、日本東京都出身。東京都立赤坂高等学校を経て中央大学法学部卒業。1962年4月、アナウンサーとして日本テレビに入社。東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)中継、ゴルフ中継、プロ野球中継などを担当。その間、チーフアナウンサーも務めた。日本シリーズでは1973年の日本シリーズ第5戦(対南海、後楽園球場)で巨人の日本シリーズV9達成の瞬間と、監督・川上哲治の胴上げを伝えている。
2000年に定年退職した後も、エグゼクティブアナウンサーとして同局に留任する。2004年3月に退社し、5月2日の読売ジャイアンツ(巨人)対広島東洋カープ戦(東京ドーム)を最後に、同局プロ野球中継の実況から卒業した。
日本テレビの実況中継卒業後は、フリーのスポーツアナウンサー・コメンテーターとして活動。長年巨人の宮崎キャンプを取材した縁で2003年宮崎県宮崎市に移住。
プロ野球・福岡ソフトバンクホークスの主砲・松中信彦とは、松中が社会人時代に出場したアトランタオリンピックの取材で知り合い、現在も交友関係が続いている。特に松中が2004年に三冠王を獲得した際には、スポーツ報知に手記を寄せている。
2006年4月からは日テレ系列のBS日テレの「ボウリング革命 P★League」の実況を務める。2008年には「スカイ・Aスタジアム・LIVE RAKUTEN わしづかみ」(東北楽天ゴールデンイーグルス主催試合)の実況を担当した。
2012年より東京ドームでの巨人主催試合で特別に設けられた「レジェンズシート」での実況アナウンサーを担当している。

参考:「小川光明」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』,2019年7月25日更新

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